県無形民俗文化財指定 芝馬祭一日フォトギャラリー
芝馬祭一宮市の浅野水法にある白山社において
今年も八朔の日(旧の8月1日)にあたる8月28日にとり行われました。
この祭りは鎌倉時代の1281年(弘安4年)蒙古軍14万襲来の時に
この地から出征した軍馬が大活躍をし、日本軍の勝利に貢献したことから
この祭りの起源であるといわれています。
この白山社氏子の男児たちが、胴体、顔を茅(ちがや)で作った芝馬(目はナスに
ほおづきの実と唐辛子、シンボルにはコウライ(とうもろこし)とナスを2個)
を町内練り歩き、最後は町内東を流れる水法川へ流して無病息災を祈ります。
(水法川と呼ばれていたのは今の新般若用水にあたります。)
芝馬の制作はこの日の朝から芝馬保存会を主として町内の大人たちが
境内の茅を刈り、束ねて上あご、下あご、舌となる3枚茅をよって作り、
重ね合わせて顔ができ、徐々に胴体を作り上げていきナスとほおづきの目、
とうもろこしとナスのシンボルをつけて昼過ぎに完成します。
足は樫の木が4本つけられます。縛るのはすべてフジヅルです。
茅を使うようになったのは?と関係者に尋ねてみると、もともと茅はこの地にも
たくさん生えていて、馬のえさなどにしていたことからではないか と答えていただきました。使用する茅はだいたい70から80kgほど使うそうです。
また、茅のできばえは稲に準じるそうですが雨が多いと生育は良いそうです。低温ではNG。
顔の部分でねじってある部分を(より)といいますがこのよりは、先端から
7回よるそうです。またお宮のことは左回りだと言う方もあるそうですが
上と下は逆だと作りやすいそうです。
近年は外に向けてよるそうで大きく口を開け強そうな芝馬が完成します。
最近はしっぽをつけるようになったそうで、従来はとうもろこしの穂、近年ではキビなどがつけられる様になりました。
また、昔は台車なども付いてなく、道路も整備されていないため茅があちらこちらに
抜け落ちていました。子供の数も多く道路いっぱいになり、車などは止めてしまって
いたのを思い出します。
1年から3年生は芝馬の後ろを縄につかまって歩き4年生から5年生は芝馬の前を
縄で引っ張ります。6年生になると2人が胴体真ん中を片手で最後まで胴体を縛って
あるフジヅルが切れないように持ち上げて歩くので大変な仕事となります。
今は子供の数も少なくかわいそうに思いますが、また今年は天候も不順で出発時には
雨に降られてずぶぬれになりましたが、途中休憩の正高寺に着いた頃には雨も上がり
今年も元気いっぱい頑張ってくれました。
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