【西成地域振興会秋の講演会】
 西成独立宣言!?西成まちづくり くるまざ トークライブ2

  独立なんて大げさだけど私たちの街のことは私たちで考え、提案し、行動していきませんか。
  ・・・・今街に何が必要なんだろう、どんな街が住みやすい街・・・
  子供たちにとってのふるさと、さあ、何かを考え、話し、行動しませんか。

 出席者の方々
  コーディネーター・田辺則人さん (社)地域問題研究所主任研究員
  熊沢宣明さん    農業家(愛知西農業協同組合代表理事組合長) 西成、定水寺。
  春日井敬明さん   現在信州の諏訪郡で酒蔵の蔵人をつとめる。西成出身。
  岸 新治さん     株式会社岸ショッピングセンター代表取締役社長 西成、春明。
  西成地域振興会から3名

  2003年11月16日(日) 午前9時〜午前11時
 場所・西成コミュニティセンター2F大会議室(西成公民館)

田辺
わたしは西浅井の出身で、近くに古い友達もいます。西成連区はウェストフォレストという新聞を出されていたりして、一宮の中では元気な地域のイメージがあります。10年ほど前、以前の出張所のときにお話をしに来たことがありますが、そのころから比べると、若手のみなさんがまちづくりに取り組まれていると感心しております。
ところで、「独立宣言」とはどういう意味かと思ったのですが、自立したまちに住んで暮らして働くこともできる、ということかと思います。快適に住めるまち、農業ができるところ、働くところがあるところ、そういう自立した町が求められる時代かと思います。

熊澤
定水寺で大根栽培などの農業をやっておりますが、愛知農協の組合長をやっておりまして、いま農業から手が離れて農協の経営ということで活動しています。
西成には瀬部農協、西成農協、浅野農協という旧組織がありました。もっと昔は西成村でした。農協経営でも3つの旧農協を1つのものと思っております。この西成独立宣言ということにも合致するかと思います。農業者の立場でもこのあたりの特産品として、大根、ネギがあり、3つの旧農協でも同じように扱っていました。農業者としても西成を1単位としてやっていきたいし、農協としても一本化という形でとらえたい。
西成とは旧西成村だと思っていましたが、西成の定義にすれ違いがある。最近では中学校でとらえる方や連区でとらえる方がおられる。農業者としては一宮市の農業の中心としていきたいですし、一宮市循環型農業研究会の会長をやりつつ、自分の土地で循環堆肥センターをやっています。ここから農業の原点は西成からと思っています。農協の本店も西成地区の北小渕にあります。ですからわたしも西成を基本にやっていきたいと思います。


千秋の佐野で生まれて、生活しています。大学を卒業して家業を継ぎました。家が食料品店をやっていましたが、父が体が弱くてすぐに家を継げということでスーパー業界に参入しました。2代目というか創業者というか、今年の4月で30年になります。勤めた経験もありませんし、それが今日のテーマについてどれだけ貢献できるか分かりませんが、できるだけみなさんとディスカッションできれば、と思います。
母の実家が西成の瀬部でして、小さいころ夏休みにちょうちん祭りを楽しみに見に来ていた記憶があります。仕事では18年前に西大海道と春明のあいだのところに店を開店させていただきました。12、13年前にはカラオケルームもやらせていただきました。カラオケが通信になったことから、インターネットの仕事でこちらの振興会のホームページもサイトで作っていただいています。

春日井
今朝の3時に長野を出て車で来ました。中学まで西成中で、岐阜高専へ行ったあとは西成とかかわりがなく、あとは埼玉や長野で暮らしてきました。そのあと長野の蔵元で仕事をして5年になります。
中学までしか見ていないこともあって、西成とは赤見小と西成東部中のあたりだけかなと思ったら、こんなに広いと言われて驚いたんです。2歳の娘にお父さんが生まれた町はこんな町だと自慢できるようにしたい。外の視点からなんらかの協力ができないかと参加させていただきました。

田辺
仕組みとしての独立ではなく、新しい動きをやっていくような、元気な発信源としての西成になるようなやり方をお願いします。振興会の方は個人の立場で発言いただいてけっこうです。

熊澤
地域の意識として「西成がひとつ」と思うことかと思います。農協の経営者になったのですが、農協が合併して1年半あまり、その中で農協の経営をどうしてゆくか。旧態依然としたところもある中で農協を一つにしてく改革もしなければいけない。旧態を残したままでやっていくには大事なことがある。全体の中に1グループであるということです。2市1町が合併した場合、新しい一宮の中での西成がどう活動してゆくか。
新しい枠組のなかで旧態の尾西市、木曽川町はより地域性を大きくしていくのではないか。それにたいして一宮市の中の地域が地域性を持っていないとつぶれてゆくのではないか。今は西成の中で瀬部、浅野というくくりで活動がなされていると思いますが、これから、新しい一宮市ができたときは大きい西成というスタンスで活動しないと地域の発展はないかと思います。

田辺
市町村合併で、大きくなるこ中で小さい町が輝く必要があるというお話でした。

中村
18まで大志に住んでいまして、それから浅野に引っ越してきて38年ぐらいになります。町中から田舎へ来たという意識がありました。ですが38年たつと町になってきたと思います。浅野は西成の北なんですが、浅野の住人はどうしても西の一宮の中心に目を向けていくんですね。それを西成地区に目が向くように、魅力のある西成地区になっていきたいと思います。浅野地区の人は西成ということを意識していなと思います。

田辺
町への愛着をどう作るかというお話でした。


熊澤さんのお話の続きをさせていただきたいと思います。木曽川町の人口は西成と同じくらいだと思います。木曽川は中学校が一つで自然に一つに集まる。町民運動会をやっても全町民が集まって自然に一体感ができるようになっているんですが、西成の場合は中学校がいくつかあるので、それで愛着がもてるのかというと思います。どれだけ西成が好きかということが必要になってきるかと思います。
経営の観点から、理念が必要で、経営ビジョンというか夢が必要になってくるんですね、西成も精神的な部分で独立しようと思ったときに、みんなが一丸になってやっていける手法かと思います。こういう会で西成はこんな方向にもってゆこうと話し合うと、それなりになってゆくかと思います。

田辺
夢ビジョンを持ったら地域の人たちに分かりやすいのではないかというお話でした。

(?)
西成の区分けは難しいなと。浅野にいますが、浅野は中途半端な位置にいます。西成中、西成東部中、南部中とありまして、浅野の人間は南部中に行きます。ずっと西成という言葉が付かずに来ました。はじめて気づかされたのは、二十歳の成人式では浅野が無くて、西成という言葉でした。
そういう西成意識の少ない我々でも、浅野地域で子供たちに西成という意識を植え付けていきたいなと思います。どうしても西の一宮か東の岩倉に向かってしまう。北へ向かないんですね。人の流れ、車の流れを北に向けるといいのではないか。
西に向かうと新しくできたグルメ街道というものがあります。食べ物屋さんがいっぱいある道なんですが、家内が西成にも新しい道ができたら変わるんじゃないかと言っていました。この新しい155号線に新しい店ができないかな、と言っておりました。この155号線には中央に大きな分離帯があります。店を出すことが敬遠されがちなのではないか。
西成という意識を向上させて、行動してゆくことが重要ではないか。みなさんからいろいろな意見が出ることを期待しています。
HPのなかに掲示板にでも書き込んでいただきたいと思います。

田辺
西成の地域と一体感の創出、子供たちへの伝え方、合併での埋没することの危惧などのお話でした。

春日井
わたしたちの世代では西成を小さい区域にしてしまいがちなんが、長野県はここにくらべると田舎だと思います。長野県が田舎だと思われているのですが、わたしは住んでいても田舎とは思っていません。長野には信州というブランドがあるんです。そのブランドのある田舎、地元の人間がそう謳ってゆくと、まわりからはそういう個性があるんだなと思われる。西成には何があるかと思うと、西成には個性が見つからない。これがある、というものが無いんですね。西成大根があるといっても、他の大根とどう違うか、その差が無いんですね。個性を誰が作るか。行政がやる企画は失敗する。個人がやってものの方がうまくいくことがあるんですよ。私たちの世代が本来なら自由に動ける世代なのに、名古屋へ働きに出ていて、地元を見ることができないのかもしれないけれど、なんとか地元を見てゆく、かかわりを持たなければいけないと思いますね。

田辺
岸さんに続いてブランド、個性が長野では確立されているというお話ですね。埋没しないためには個性が必要かなと。

○○
なぜ西成という名前がついたのか、ということから考えてほしい。江南には東野があるけれど、東にあってなぜ西成なのか。むかしは「ほらみ」とか言いましたね。

熊澤
昔はここは丹羽郡で、犬山まで丹羽郡でした。その丹羽郡の西の端ということでいいじゃないですか。

○○
一宮から見ると東の端ですが。

熊澤
旧態の一宮に合併する前の、中島郡、葉栗郡と接している丹羽郡の西端だと思っています。

熊澤
このあたりの商工会が、西大海道を中心にした商工会、浅野を中心にした商工会と2つありました。春明、瀬部は江南のほうの経済圏でした。西成のなかで3つに分かれていたところで、一宮市に合併された結果、江南のつきあいが切れ、名鉄岩倉線が廃線になって、一宮市とのつながりが深くなってきた。それぞれの独自性がうすれてきた。魅力が無くなったのが事実だと思います。これは歴史だから、一宮市になったこととは別だと思います。

井戸
西成と地方と提供できないか、と思うんです。岐阜県ではトマトを生産しながらケチャップという商品を作って販売しているところがある。西成も大根が名物なので、道の駅や岸さんのスーパーで販売できないかと思うんです。

熊澤
提携は五分同士の組織がするもので、そうでなければ吸収されてしまうと思います。循環型農業として、生ゴミを堆肥として農業に利用する。それを使って栽培した農産物を販売するところを含めての話です。その拠点として当地区と個人的には思っております。特徴のある農業を目指すことは、地産地消の大前提ですね。地産地消は外来農産物に競り勝つために地産地消運動をやりたい。西成の大根はどこが個性があるのか。特栽農産物なんですが、特栽とはうたわずに西成ブランドでうたおう。この地区の農業を発展させるには、循環型農業の中でブランドのある農産物を作って、西成を出発点としてやっていきたい。西成には私くらいの農家がたくさんあります。そのあたりを基本にしていきたいと思います。

熊澤
大根の切干の発祥地だそうです。切干はいま宮崎が有名になってブランド名を取られてしまいました。ここは尾張が大根の発祥地とアピールできるか。食品の安全が問われるなかで、これだけの人が住んでいるところできれいな切干大根だとアピールできるか疑問です。
農業を成り立たせるかは工業も同じだと思います。

春日井
切干大根の話も前回のトークライブでも出ましたが、地元で作った農産物が子供たちが誇れるのは大きなことだと思います。カニを給食に出した北陸の町の話とか、長野でも自分の町で取れた米や農産物を給食に出すことによって町のすごさを知ったという話があるんです。いまどうしても価格競争で外国の商品に負けてしまうときに、切干大根発祥の地というのは良い観光資源ではないか、と思います。それをうまく生かしていけないか、と思います。やれることはたくさんあると思うので、こういう場で一人一人提案して少しづつ西成のブランドを作っていくことだと思います。

熊澤
切干大根には、千切りとお蚕切干と2つあって、切干の方は外国のもの、宮崎のものに対抗できません。お蚕切干はこのあたり独特の商品です。切干は酢の物からいろいろ使い道があるのにたいして、お蚕切干の料理方は煮物が中心です。これを利用した商品開発、料理法の開発などをやっていけば、ロットは小さくとも生き延びると思います。安心、安全をしっかりやってもらえればいいと思います。


西成の大根ですが、市場に行くと千秋の千秋ネギは名前も通っていて付加価値も高いです。丹陽のナスは産地指定のブランド商品として名前がとおっています。ですが農業中心にするだけでなく、西成は90%がサラリーマンであるという事実をふまえて、商業、サービス業にも目を向けていかなければいけないですね。さきほど155号線に店が出来ないのは、開通していないこともありますが、市街地調整区域で規制されているんですね。建物でも25平米以上のものが作れないとか、規制条件が多すぎるんです。そこで西成として夢ビジョンがまとまれば行政を動かして規制解除させればいろいろなものが出来る可能性があると思うんです。基本的な構想を作って行政に提案していかないと空想論になってしまうので、小さなことからの積み重ねが必要だと思います。

星野
大志からきた星野です。いまの岸さんのお話が独立宣言の作り方だと思うのですが、宣言のことを説明していただきたいと思います。自分たちで企画して行動することを踏まえて説明していただきたいと思います。

細谷
西成で育った者としてお話したいと思います。西成のブランド、個性とはなにか。それは誇りがキーワードになってくると思います。高山で全国都市会議があって、その中でも町づくりのキーワードが誇りと優しさと未来、この3つが出てきたんです。今後の町づくりには手っ取り早いかというと、伝説を作るということが出ました。春日井さんおおられる長野の諏訪湖には御身渡りというものがありますが、あれは神様がお渡りになる。みんな見たことが無いけれど、伝説になって諏訪湖が有名になっている。伝説つくりの源が西成で、ピックアップできる伝説の種探しが独立宣言の源になると思います。その種探しができれば良いかと思います。

[休憩]

田辺
なぜ独立宣言なのか、と。

纐纈
地域振興会のHPに本当に独立する気なのかという書き込みがありまして、面白いなと。独立とは西成は西成にあった生活があるのではないか。一宮市のなかで本当にいいのか。自分たちのことは自分たちでやるから、という気持ちでやっていかないと、変わらないですし。いま民よりも市役所のほうが独立応援します、みたいなところがあって。そんな意味の独立宣言です。住民の意識があがってこない中で、住民が地域を考える機会になればと思いました。
合併といわれる中で新潟や長野では合併しないところもある。犬山もそうですし。補助金をあてにしないで。それと同じようなことをするとしたら、なにか見えてくるのではないか。そういう意味で独立宣言としたんです。

小仲
一宮市時之島に来て27年になります。その前は名古屋にいて、そのまえは島根にいたのですが。日本人はコンセプト先行型の面がある。スーパーなどの商売を見ていると、味気ない商売になったと思う。まちがにぎやかにしたらそうしたら良いかということ。地産地消という言葉が流行っていますが、地元で採れたもの地元で消費するのは、どうしたら良いかということだけだと思う。ヨーロッパでは青空市場のような人を集めていると聞いてます。そんな雰囲気があったらと思います。

参加者
京都へ行って、京都だからかもしれませんが、人が多くてびっくりしました。町づくりも長い時間で考える、町づくりの原点は人を集めること。田園地帯、浅野公園、神社を有効に使って、西成はきれいな田舎ということで、ひとつひとつの積み重ねで人えお集める。休耕田を利用して、れんげ畑にする。羽島に行ったら、そういうれんげ畑がきれいなんですよ。実行委員会があって、農産物を販売している。地道な町づくりが必要ではないか。
人が集まれば商売につながる。こういった催しでは町内会に働きかけて、動員をかけても人を集める。

春日井
まつりは昔からあるまつりの他に、新しいまつりを作る方法もある。長野県には地域に一つはおまつりがある。ひとつなにかやってみないと、

参加者
農業のほかに、商業はどうか。西成にしかないものを作っているとか、そういう個店で考えたことが地域の活性化になると思います。

纐纈
ウェストフォレストで女性の座談会をやったんですが、女性たちから、もっと商業者はしっかりしてくれ、ときついことを言われたのですが、まさにその通りで、女性の言われることは単純で、休みに日に自転車でパンを買いに行きたい。パン屋もない、というのが基本の発想です。男は大半が西成から外へ出ている人です。女の人が西成を分かっているのかな、と。

◎◎
赤見小の教頭です。この西成の町づくりは、みなさんが誇りにしても良いことは、西成の人だと思うんですね。みなさんお一人がすばらしいので、こういうことが出来るのだと思いますし、発表会にもこの中におられる方にご参加いただきました。学校も学級担任以外は校長、教頭、学級主任だけです。いろんな体験活動をしようとしても、十分できない点もありますし、豊かにしていくためには地域のご協力をいただいてやっているつもりです。
未来をになう子供たちを育ててゆくのは家庭や地域だと思うのですが、いまの活動を未来を見据えて続けてゆくことが子供たちに伝わると思います。萩原に住んでいるのですが、この年になってきて、萩原の良さが分かってくるのが本音です。子供たちも若い人たちも、いま西成の良さが分からないかもしれませんが、いろんな活動をかかわりながら分かっていくと思います。どう若い方たちや子供たちとかかわっていくか、です。安全ということが子供たちのなかで、ご近所の人たちが下校のときに声をかけていくことで、不審者が寄り付かないみたいですね。若い方たちでもご近所が声をかけて、輪が広がってゆくと違ってくると思います。学校も若い方たちにボランティアたちに来ていただきたいと思っています。これは西成の町づくりでも同じかと思います。

田辺
星野さんは若い方たちを集めて、真清田神社で「杜の宮市」というのをやられたのですが、どうやったら若い人たちを集められるのか。

星野
志民という言葉を使ったのですが、おまつりがいちばん人の気持ちを集めやすい。まつり作りという言葉を使ってボランティアを集めました。来客は2万人が集まりました。しかし1年に1回2万人が来て、どんな意味があるのか。おそらく一千万ぐらいの御金が動いているとも思いますが、それになんの意味があるのか。西成というのは外部から見ると、すごくうらやましい。中心市街地の人たちはぼくらのことを横目で見ながら、なんでこんなに人が集まるのかと思いながらも、あいつらのようなどこの馬の骨かわからん奴らとはいっしょにやらんぞ、というのが見える。でもこの地域はやろうという志がある人と、地域のコミュニティがつながっている。つながっているということは喧嘩している。喧嘩できるということは力だと思っています。一宮の各地域の中で、西成はコミュニティがちゃんと作ることのできるところだと思います。商業性とか農業も含めて、独立している、この地域の中で地域の人の希望を満たせることが出来ている。これから西成の中で基盤を作りながらも、そのときに何が大事かというと結局は人だと思うんですね。「まつり」もあるだけではなんの価値もないわけで、人がかかわることで、盛り上げていくことで子供たちに、ぼくらの世代は自分たちの町を愛していない。愛する覚悟わたしたちの作業だと思っています。三八サンデーイチノミヤという活動をしていて、3と8のつく日に一宮のどこでも自分のまつりをするという活動をやることをしています。バラバラでやっていたイベントをいっしょにやりましょう、という活動です。西成は商店が点在しているので多極的な全体として、この日は輝いているという活動をできたら面白いと思うし、新しい155号線の豊かな自然が残り、一宮の理想郷だと。人を育てる、自分が動く。こういうプランがあるという話は聞きあきました。何十年間に出てきたアイデアです。やるかやらないか、です。

参加者
女性の立場で、商店街を発展させると主婦の立場から言うととてもうれしい。いろんな店ができると足が向く。それはそれで発展していただいて、商店街と農業が一致するような朝市とか、親の子連れで来られるとか。大人になって自分の地域が良いと思うには、子供のころにまつりに出かけた思い出が必要だと思う。西成は広いので、子供たちが遠くのおまつりに行けるようになるような、子供たちだけで行けるように、西成支所にバスを用意していただくとか。大人も、子供たちにもおまつり作りに参加して、地域作りに参加できればと思います。西成の中心に向かうような町づくりがいいと思います。

参加者
西成の中を巡回する小さなバスがあったらと思うんですけど。そういうことも考えてもらうといいかも。

参加者
名鉄バスも浅野から言うと、一宮か岩倉へ行くかどちらかしかないわけです。大根ロードを縦断できるようになればもっと交流ができます。iバスの範囲が広がれば瀬部から浅野までの交流ができると思います。

細谷
iバスは人が乗っているところでも赤字だから拡張しないそうです。2500万くらいの赤字を計上しています。人のおないところを回るとすると、もっと赤字が出る。名鉄が廃線になるところを代わりにiバスということですが、名鉄バスにも乗らないから廃線になっているんですね。地元の公共交通機関は残していかなければばらばい。
高齢化する社会に公共交通機関を用意しないと自宅で引きこもってしまう。市がすることか、西成がすることか分かりませんが、西成でバスを1台手に入れて巡回させるのは大事なことだと思います。システムをみんなで考えていかなければならない、と思います。

纐纈
広報部会のメーリングリストにもあったのですが、名鉄が廃線したあとに近鉄が入ってきているとか、犬山でも名鉄廃線したら岐阜バスが入ってきて、なんで名鉄バスの採算が合わないんだ、と。企業のやっていることですから、そういう発想でやったらできないと思う。ぎゃくに素人の発想で、パートのおばさんと中古もバスなら、そんなに経費はかからないと思う。安全などということもありますが、発想を単純にしていかないと。

星野
コミュニティバスの考え方がどこかでおかしくなっている。いちばん最初に始めた武蔵野市のムーバスは15人乗りの小さなバスが細い路地を入ってゆく。大通りではなく民家の前でおじいさん、おばあさんや高校生が乗ってゆく。それこそがコミュニティです。